周恩来の足跡

本書は中国共産党創始者の一人で・亡くなる1976年までの50年間中央常務委員だった周恩来の足跡を辿るものである、主編者は李海文執筆者は8名全員中共中央文献研究室勤務経験者、

1この家を切り盛りするのは実に大変、借金生活、2艶やかで美しい桜、日本留学で上野の桜、3わたしが信じると決めた主義は変わらない、ドイツにて戦友の犠牲、4小超を花嫁に選んだ、革命の生涯の伴侶、5血に染まった沙基、最初の命に係わるデモ、6賀竜元師を導きいれた人、周恩来、7危機を乗り越えて、モスクワに向かう途中日本警察の尋問をかわす、8豪密、暗号本編纂、9特科が下した裏切り者への厳罰、周恩来指導の特科(ロケ隊扮装)裏切り者を射殺、10毛沢東同志に戻っていただく、周恩来の関与で毛沢東は紅四軍の指導者の地位に戻る、

11遵義会議ー毛沢東の中央常務委員入りを支持した、農村が都市を包囲する路線では毛沢東に遅れをとる→敵の第四封鎖戦突破後・周恩来と李徳とは炎上→遵義会議で毛沢東の中央常務委員入り・周恩来は軍事指揮最終決定者となる、12死神との戦いに勝利する、「アメーバ赤痢」から生還、13艱難を共にする草原の友情、部隊は弱った周恩来と四川省の草原を抜け勝利への道、14下寺湾会議で毛沢東の中央常務委員・軍事委員会主席を支持、周恩来と彭徳懐は副主席、15夜通しの語らいは終生のの喜びとなった、張学良との語らい、16知恵で廖承志を救う、廖承志を救うため誤りを追求、17南京は政治的な対立を避けるー西安事変、日本の傀儡化防ぐには南京と政治的に対立してはいけない、18平和的な解決・交渉を堅持、蒋介石は内戦回避と抗日、19労山で匪賊の奇襲に遭遇、20獄中の講演、「南京反省院」に収監されている獄友を前に講演、

21党のため役人になる、国民党政府内部に共産党員を招き入れ部分的協力体制を提案、22郭沫若を第三庁の庁長に推薦、23抗日時代に活躍したジャーナリスト范長江、范長江に「中国青年新聞記者学会」の組織づくりを要請、24馮玉祥の大切な友、国民政府の馮玉祥と相互理解、25革命には後継者が必要、曹淵の子息からの手紙を手にし後継者が育っていることを知る、26特使としてコミンテルンへ、「中国問題についての備忘録」、27霧の重慶の夜明け、話劇運動を盛り上げるため陽翰笙に郭沫若の創作開始25周年と50歳の誕生を祝う祝賀行事を指示、28西安の酒宴、「鴻門の宴」、29幹部が過ちを犯したら、過ちを犯した王梓木に対し情熱こめた援助の手、30李小石が遭難した後、現場に駆け付け責任を取らす・毛沢東の安全と新華社に通報、

31これくらいの川で・へこたれるものか、国民党の違法行為調査で川の増水、車を人海で担ぐ、32マーシャルとの交渉における「討論」か「実行」かの争い、和平交渉から戦場へ33延安を自主撤退・陜北を転戦し・全国の戦局を指導、34胡宗南を意のままに引き回す、蒋介石の胡宗南の部隊を陜北で消滅、35都を北京と定め・「科挙」に挑戦、36共に建国の大計を協議する、37われわれは同業者ー梅蘭芳との再会、1946年全人代で再会、38中国初の「内閣」組閣準備、華北人民政府のメンバーを政務院の基本とし大行政府から責任者を加える、民主人士は周恩来作成、39解放軍最高学府設立の四回の協議、劉伯承と協議、中国人民解放軍軍事学院成立、40毛岸英犠牲の前後、朝鮮戦争で戦死前後、

41封鎖を突破し・国の扉を開ける、民間先行し米国の日本支配を突破、42紹興酒を国賓用に選ぶ、43義理の娘孫維世と、遺児孫維世は二人を父さん・母さんと呼ぶ、44国際友人を忘れない、チェコのロビッチェ・歯科診療所、45「梁祝哀史」ー中国版「ロミオとジュリエット」、1954年ジュネーブ会議に出席・「梁祝哀史」を上映、46「中国人は外交を芸術にした」、周恩来外交、47海裳の花・スイス時計・往復書簡、海裳に託した小超の書簡、プレゼントのスイス時計、48「カシミールプリンセス号」爆破の前夜、アジアアフリカ会議参加で周恩来暗殺情報入手、別便で参加したが「カシミールプリンセス号」は爆破された・追悼式、49喧嘩をするためでなく団結を求めてきたのです、アジアアフリカ会議での発言、50民族業務の担当は少数民族の言葉を使う、帰国途中の昆明での発言、

51具体的な数字で説明、具体的数字を重視、52知識こそ力、現代科学に進軍、53地質学者李四光を訪問、知識人へ入党のすすめ、54毛沢東へ急進に反対するよう進言、国民経済成果達成に「総理としての良心からこの決定に賛成できません」、55「文化が古いほど・保護を知らず・樹木も少ない」、植樹植林は百年の大計、56海軍観閲、極東と世界の平和、57「天に上がる」に関心、原爆・ミサイルの開発を決意、科学者の後方支援、キノコ雲が空に上がる、58程硯秋の入党紹介、二人目の紹介者、59周総理と小六の神童、外国人賓客と故郷の紹劇を見る・小六童を抱き上げる、60「毎日一回・わたしに手紙をください」友誼農業社の参観訪問後の手紙、

61われらの心は永遠に党に忠実、周恩来総理が特等級傷痍軍人劉渝生の詩を書き留めたもの、四川省傷痍軍人教養院、62「どちらも見習うに値する」、范若愚の報告を聞いて「われわれは政治生活において自分が聞きたくないことを最後まで聞く」、63特殊な客人、功徳林に拘禁されていた戦犯、64誠実な「仲人」、鄭庭笈(第一次国民党上級戦犯)特赦で会見,夫婦再縁の機会をつくる、65邯鄲で調査・食堂の解散、料理人の不公平で解散、66またも眠れない夜、北京人民芸術劇院「雷雨」リハーサルで目標設定高すぎ質に影響、67乾杯一杯で・外部調達食糧を1億斤増加、南昌での話し合いで乾杯三杯で3億斤達成、68あなた方は民主の拠点、全人代修了後各地の手紙を受け全国青年連合会会議に参加、69「香港の95%以上はわれらの同胞」、1965年石馬河給水プロジェクト竣工、「水を飲めば源を思い・心は祖国を忘れない」、70天下至る所香草あり、アスワンハイダム参観、製油所の比較、優良な柑橘品種の導入、オリーブ木の導入、

71叙事詩「東方紅」の総監督、1964年北京の人民大会堂で音楽舞踊叙事詩「東方紅」上映、総監督は周恩来、72必ず飛び出すよう・それで局面打開を、1960年代中国民航に強調した言葉、73大地がまだ揺れているとき、奮起強大・自力更生・生産発展・故郷再建、74嵐の中で国の人材を保護、文革期におけるハイレベル民主人士の保護、75七億人民の名「番頭」、文革期国の経済は動いていた・番頭/周恩来、76「打倒」のスローガンを安易に使うな、周恩来の介入・罷免を棚上げ日常業務、77紅衛兵大交流の停止、食住は困難で大混乱、中央文革小組に電話し中央の交流停止と鉄道を軍事管理を支持、78わたしが入らずして誰が地獄へ入ろうか、周恩来の言葉、79「この先例は作ってはならない」、紅衛兵グループによる拉致に対応、80「騙し討ち」茶番劇を糾弾、国家主席夫人王光美を捕えるため娘の交通事故をでっち上げ連れ出された、事態を知った周恩来は即時解放を命じた、

81身を挺して中南海を守る、大衆に包囲された中南海ー「私は身を挺しても中南海うを守らねばならない」、82外交部の「奪権」の日々、文革小組は権力奪取、対外業務コントロール失う、造反派に対し「香港を取り返す気か」、83七機部大衆の後悔、武力闘争と無政府主義を解消のため大衆組織の代表者と28回も会見説得、国防業務を向上させるよう誘導、84「派閥性は毒蛇と同じ」、鉄道輸送関係者と頻繁に接見、武闘停止と大連合推進を説得、1967年鉄道は軍事官制、196の会議を通じて大連合を実現、85「規則制度は大変重要」周恩来の言葉、悪質な事故急増、86数学の手書き原稿紛失後、華羅庚の原稿盗難・造反派の仕業で政治に関わる原稿・身辺警護、87張霖之部長の変死の後、文革小組の威本禹が張霖之を虐殺、問題解明できないが彼を革命幹部と認める、88「そんなに左になるな」、外交と対外交流スタッフに語った言葉、ピンポン外交、89後継者の逃亡前夜、林彪の権力奪取発覚・クーデター計画失敗・墜落死、90一つの超人的に機敏な決断、毛沢東の陳毅追悼式参加に基づき迅速果断な格式引き上げ、

91硬い氷を破り中米関係正常化を推進、転換点・ピンポン外交・キッシンジャーの中国秘密訪問・国連総会での新中国の勝利、世界を変えた一週間、92時機を掴み・小異を残し大同につく・中日国交回復、排他的でない・国交回復三原則の堅持、戦争責任問題で日本政府謝罪を堅持、93 43億ドル相当の大型プラント導入、43億プラン・資金は中国銀行・長年の思想的制約を打破・外国借款を利用して技術導入、94基礎理論研究を確固推進、北京大学革命員会副主任・周培源と会見し基礎理論のレベルアップ指示、周培源論考発表、95巷の問題を必ず解決する、対外貿易の急速拡大で港湾問題を解決するよう指示、96「批林批孔」の苦境の中で、周恩来迫害劇、97お詫びのこもった哀悼、文革で飲み込まれた人民芸術家・老舎に謝罪と哀悼の気持ち、98病を抱え長沙に飛ぶ、病状が悪化にもかかわらず政治局会議を開催、人事案まとまり毛沢東に決定してもらうため長沙へ、1975年国務院会議で毛沢東の同意と国務院の活動は小平主宰を告げた、99全面整頓の後ろ盾、1975年鄧小平は党・政府・軍の重要ポストに就く、100死に臨んでの頼み事、羅青長に古い友人を忘れないように頼む、

101「インターナショナル」は必ず実現する、病室で歌う、102「人民の総理を人民は愛す」、周恩来同志は癌のため北京で逝去、103魂は大地に帰る、追悼式の後遺灰は散布、

まとめ

革命時代、新中国成立、大躍進の調整、文化大革命、4つの現代化、外交政策に足跡を辿る、103のエピソードで再現、

執筆者は、李海文、廖心文、曹応旺、李静、劉春秀、易飛先、熊華源、安建設、

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