本書は日本における読み書きという実践の歴史的変遷について考察したものである、著者は八鍬友広、東北大学大学院教育学研究科単位取得満期退学、現在は東北大学院教育学研究科教授、専攻は日本教育史、
日本における書き言葉の成立
文字以前、文字の借用、日本語と漢字、漢字の移入、漢文訓読、変体漢文、宣命体、万葉仮名と仮名、仮名交じり文、さまざまな文体から「候文体」へ、近世における書体の一様性、
読み書きのための学び、
習書木簡に見る文字学び,一文不通の貴族たち・読み書き能力の低下、往来物の時代、書儀と往来物の類似性、手紙文による学習の広がり、リベリアのヴァイ文字の学習と手紙、消息から往来物へ、教科書的なるものとしての「往来」、
往来物の隆盛と終焉
近世社会と往来物、庶民用文章型往来物、地理科往来物、地域往来物のヒット作「道中往来」、穏当ならざる往来物「直江状」、百姓一揆の直訴状も往来物にー寛永白岩一揆、往来物であることの証明、「目安往来物」というジャンル、異系統の目安往来物、動くテクスト・手紙の往来、「読ませる権力」の始動と往来物、書式文例集への回帰、往来物の終焉、
寺子屋と読み書き能力の広がり
寺子屋というもの、民衆への読み書き能力の普及、花押からみる識字状況、村堂というもの・教育機関、17世紀の寺子屋、筆子碑からみる寺子屋の普及、18世紀における越後村上の寺子屋、門弟4000にのぼる時習斎寺子屋、外国人の見た幕末期日本の読み書き能力、寺子屋の教育力、ある寺子屋師匠の嘆き、「山代誌」にみる寺子屋の実態・上達は容易ではない、宮本常一の祖父と寺子屋、村請負制と識字・半数が識字・一割が文通可能、読み書きという実践、読書と教養、分限による教育と文化的中間層、リテラシーのスペクトル、近世日本におけるリテラシーの構造・寺子屋が初歩的学習、
近代学校と読読み書き
明治期の識字調査、地域内自署率の分布、自署率と識字、長野県北安曇郡常盤村の識字調べ・自署41%・文書作成24%、石川県における徴兵適齢受検者に対する教育調査、岡山県における明治期の識字状況、史上空前の学びのキャンペーン「学問ノすすめ」と布告書、就学告諭の世界、近代学校制度というもの・学校教育と近世的リテラシーの相克、内容主義の国語教育、読本で教えるという伝統、言文一致体へ、音読の退場と「近代読者」、孤独な読者
まとめ
日本における書き言葉の成立、読み書きのための学び、往来物の隆盛と終焉、寺子屋と読み書き能力の広がり、近代学校と読み書き、で構成、近世には往来物を用いた読み書き教育が民衆の各層に広がった、「山びこ学校」の詩、